宮古島
宮古島は八重山に比べていわゆる観光スポットが少ない。例えば宮古の生活や文化が色濃く残る場所が顕著ではないし、町並みや家々も台風に耐えるためだろうか、沖縄らしさはあまり感じられない。その分、美しい海と、さとうきび畑を中心としたのどかな田園風景をどこにいても見ることが出来る。宮古島は、来間島と池間島という小さい島と橋で結ばれている。どちらも1500m前後ある長い橋だ。この橋が美しい。人口建築物はいつも自然や景観を破壊するが、橋だけは自然に無理なく溶け込む建築物である気がする。考えてみれば宮古のみならず、島々で構成される日本には美しい橋が多い。本島のニライカナイ橋、古宇利大橋。瀬戸内海の瀬戸大橋、しまなみ海道や明石大橋、下関の関門大橋、横浜のベイブリッジ、東京のレインボーブリッジなど。どれも風景に溶けんでいて無理がない。素直に美しいと思う。もちろん建設の過程では、多くの自然を破壊しているのだろうが、堤防やダムなどの人工建築物に比べて橋は人間に与える不自然な圧力が少ない。それはきっと橋が持つポジティブな印象のためだと思う。橋は島と島を繋ぐ。すなわち人と人、人の生活と生活を繋ぐものだ。機能美、といってもいいのかも知れない。ここ宮古の来間大橋と池間大橋はそれを象徴するものだ。蒼い海に伸びる橋が無理なく風景に溶け込んでいる。特に西平安名崎から見る池間大橋の美しい曲線は官能的ですらある。この橋があるために、海の美しさが余計に際立って見えるのかも知れない。宮古、いや沖縄を象徴する風景だろう。
反面、著しく宮古の景観を壊している建造物もあった。ドイツ村だ。中に入ることはしなかったが、海岸沿いに忽然と現れる醜悪な建造物は、それを思いついた人間がもう気の毒としかいいようがない哀れさを感じる。観光客が喜んで"秘宝館"や"オルゴール館"に集う時代はとうの昔に終わっている。多くの旅人は"何もない"美しさを求めているのだ。ドイツとの親交は分かるが、「じゃあドイツのお城を」という発作的かつ短絡的思考はどうしてこうも田舎で生み出されるのであろうか。西洋に憧れる日本人のコンプレックスが、尚も燻っているのであろうか。寂れたその風景は、人間の強欲と浅はかさを映し出すもの以外の何物でもない。しかし、今後への教訓として、いつまでも寂れたままで残し、後世に反面教師として伝えて欲しい。
宮古には風景の美しさだけでなく、独特の文化がある。方言などは本島の人間が聞いても分からないことが多いと言う。確かに下地勇の歌を聞いていても、歌詞の内容は殆ど理解できない。しかし宮古の人々はこの方言に誇りを持っている気がする。いや、方言だけでなく文化そのものに誇りを持っているのだろう。誇りという点では、それは宮古に限ったことではないが、何か"意地"のような迫力さえ以って伝わってくる。また、宮古を語るとき、忘れてはいけないのが"オトーリ"だろう。車座になって口上を述べながら泡盛を回し飲んでいく、内地の酒飲みにとっても恐ろしい習慣だ。しかし宮古に住む友人に聞けば、倒れるまで飲むのは昔の話で、最近は飲み方を弁えているらしい。"引き時"が上手いのだという。"娯楽"が少ない宮古では、このオトーリは傍で見るよりも楽しいものなのだろう。
今回の旅で偶然昔の同僚と出会った。東京から移り住み、東平安名崎の近くでカフェとゲストハウスを経営しているのだと言う。彼にそのようなセンスがあるのにも驚いたが、さとうきび畑のど真ん中にポツンと立つそのカフェにも驚いた。辺り一面が海、さとうきび畑の海に囲まれているのだ。さとうきび畑の他には何もないが、安住の地を手に入れた彼をとっても羨ましく感じた。
夜は島内随一の盛り場、西里を徘徊する。盛り場といっても多くが観光客のための店で、あまり地元の人間を見ることがなかった。選んだ店が悪かったのであろうが、意外に広い宮古では、わざわざ飲むのに繁華街に集うこともないのかも知れない。幸い、というべきか、オトーリを目の当たりにすることもなかった。
今回は天候にあまり恵まれず、海に潜る機会はなかったが、その分車で縦横無尽に島内を巡る時間があった。一番気に入った場所が、西平安名崎や池間島に向かう地峡の緑の美しさだった。感覚的な印象だが、畑にとても力強さがあったのだ。
旅を後で思い返してみて、いつも強烈に印象に残っているのは、夏の夕暮れ時であることが多い。名刹や風景の印象ではなく、"空気"の気配の記憶なのだ。この場所に出会ったのは夕暮れではなかったが、久しく味わっていなかったその感覚を呼び覚ました気がする。
現在宮古島と伊良部島とを結ぶ伊良部大橋が建設されている。その全長は3500mを超えるらしい。多くの金銭が飛び交い、多くの自然を破壊すると思うが、その自然破壊を最小限に食い止めるために、最大限の投資を施して欲しい。伊良部大橋が美しい橋になるか否かは、島の自然を願う人々の心に左右されることになるはずだ。